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築120年の味噌蔵を新本社事務所に再生しました。
徳清土蔵群の中で最大の広さがあった味噌蔵が、一階部分は事務所、二階部分は天井の小屋組み構造が見える会議室スペースとして生まれ変わりました。

1650年代(寛文年間)、紫波郡徳田村出身の徳田屋清右衛門が創業した徳清。当初は酒・味噌・醤油を主体の醸造業、後に米屋を営みます。

幕末〜明治にかけての8代佐藤徳清は南部藩勘定方に出仕し、後に徳清(佐藤)家に盛岡城の勘定奉行所の建物が移築される要因となりました。明治6年〜7年、盛岡城の建物は解体されて岩手県庁の所有となります。
9代清右衛門は県庁から元勘定奉行所やその他お城の建物の払い下げを受け、明治20年現在地に商店併用住宅として移築、再建しました。

昭和52年、盛岡市保存指定建築物として指定をうけ、現在に至ります。